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2017年12月16日
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vol.3 LEGEND of TAP -KOUITHI TAKUHARA- 1

2010年01月05日


関西のタップ界の父、宅原浩一氏。
関西のタップシーンの礎を築いたタップダンサー宅原浩一氏。
講師としても沢山の門下生を生み出していった。
今回は代表して寒川久美子さんに氏との思い出を語っていただく。


宅原浩一先生 プロフィール

■宅原先生との出会いは?

出会いは3回ありまして、1番初めは今から26年前、当時梅田にあったスタジオ・ダンシンというダンススタジオでお目にかかりました。そこは常時、外国人の先生が4~5人いて、いろんなダンスを学べる総合スタジオだったのですが、先生はそこのタップのクラスを受け持っておられました。私はスタジオのアカデミー第1期生として入り、その学科の1つにタップの授業があり、そこで宅原先生に一からしっかり丁寧に教えて頂いたのです。2回目はその4年後、一度東京に出て戻って、大阪の日本ミュージカル研究会という劇団に入った時の事。そこでもやはりタップの先生として私の前に現れたのです。もう嬉しかったしびっくりしましたね。まさか又先生に教えて頂けるなんて。3回目は今から14年前。その頃には私もジャズダンスを教えるようになっていて当時あったダンスハーバーというスタジオに招かれたら、先生もそこで教えておられました。このように先生は私の人生の行く先々にいつも存在しておられ不思議なご縁を感じずにはいられません。そしてその後、私をタップの教師としてスタートさせて下さったのも宅原先生です。

■レッスン生時の思い出、エピソード。

習い始めてまだ間も無い頃、スタジオからの帰りが先生と同じ電車だったので、よくご一緒させて頂き、喫茶店に立ち寄っては音楽の話や先生のコマ時代のお話を伺ったのを覚えています。又、こんな事もありましたね、思い出すのも恐ろしいのですが。実は私、先生と一緒に立つ舞台で、出て行くのを忘れ穴をあけてしまった事があるんですよ。先生と私ともう1人の3人でタップを踏むシーンがあって1回引っ込んで曲の最後の方でもう1回先生と3人で出て行かなければならないのに、引っ込んだらそのまま間違えて次の衣装に着替えてしまったのです。あまりに欲張っていろんな先生のピースに出演してしまったので早変わりが多くてそっちの方に気をとられたんですね。その時はもう、先生の作品をこわしてしまった~という思いと、一生懸命稽古をつけて下さった先生になんと申し訳ない事をしたんだろうという気持ちから先生の顔をまともに見ることができなかったのですが、後日先生にお詫びしたところ軽く笑いとばして「出て来うへんなぁと思ててん」とおっしゃっただけだったのです。ものすごく叱られると覚悟していたのでホットしたのですが、逆にその方が堪えて・・・それ以来そんなミスは2度としていません。18歳の時の事でした。

■最後に宅原先生の魅力って?

先生はとにかく舞台を愛していらっしゃる方で、ステージ上に立っておられる先生はどんな時よりも生き生きと輝いていらっしゃいます。又、戦後の混乱期からタップをしながら生きてこられ、大変なご苦労も沢山乗り越えていらしたと思います。だからでしょうか?人の痛みを全て聞かなくてもサッと解って、温かい手をさしのべて下さるんです。本当に優しくて、心の広い方ですよ。そして多くの人が先生のことを、明るくて元気でさっぱりしていて気さくな方、と感じていると思いますがそれは間違いなくそうですね。

寒川久美子さん プロフィール
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